「物流値上げ」の背後にあるもの、トラックドライバーを苦しめたのは誰だったのか
2/20(水) 6:10配信
「物流値上げ」の背後にあるもの、トラックドライバーを苦しめたのは誰だったのか
トラックの運賃上昇が免れない理由とは(©beeboys - Fotolia)
ヤマト運輸が法人顧客に対して一斉値上げを行った「ヤマトショック」(2017年3月)からもうすぐ2年になる。その後、佐川急便や日本郵便も追随し運賃は上昇を続けるが、この背景には何があるのか。将来、どうなっていくのか。元トラックドライバーでもある筆者が説明する。
●値上げに悲鳴が上がる現場
「商品を製造しても、運送会社が運んでくれない」
「このままでは、会社の存亡に関わる!」
運送会社から運賃値上げの要請を受けた、あるメーカーの物流担当者の悲鳴である。
「『運賃を値上げしてくれ』って言われて、見たら今までの1.5倍とか2倍近い価格でしょ? それはこっちだって無理ですよ! でも、無理だと言うと『ではもう運びません』って開き直られてしまうし……」
2014年3月12日付の日経新聞朝刊一面で、ヤマト運輸が法人顧客に対して一斉値上げを行うことが報じられた。これが、いわゆる『ヤマトショック』の始まりである。
同社は、繁忙期における宅配の荷物受付量を制限する総量規制を2017年に発表し、ヤマトショックはさらに拡大した。物流業界の雄、ヤマト運輸の値上げに、他運送会社も追随した。「値上げに応じてくれないのであれば、仕事を断ることも辞さない」、強気の姿勢で顧客との値上げ交渉に臨む運送会社も少なくない。
ヤマトショック以来、トラック配送の運賃が上昇を続けている。なぜ、運送会社は値上げをするのか?その背景を考えてみよう。
●20年以上前の基準をもとにした運賃で今日まで運行
「運賃タリフ」をご存じだろうか?
運賃タリフとは、かつて国土交通省が発表していたトラック配送料金の標準料金表に当たるものである。実はこの運賃タリフ、1999年(平成11年)を最後に作られていない。
だが、多くの運送会社における配送運賃は、この運賃タリフを元に作成されてきた。さらに、国土交通省と全日本トラック協会が2017年に行った調査によれば、運賃タリフを元に運賃を決定している運送会社の約6割が、1990年(平成2年)以前の運賃タリフをベースにしていると答えている。
つまり、ヤマトショック以前の運送業界は、20年~30年も昔の運賃で荷物を運ぶことが常態化していたのである。
この30年の間、物価も上昇している。たとえば、トラックを走らせるために必要な軽油。その原材料である原油は、1990年には24.49ドル/バレルだったのが、2014年には94.16ドル/バレルまで高騰した。現在は50ドル/バレル前後の水準で推移しているが、それにしても30年間で2倍に高騰しているのだ。
燃料費を始め、物価も高騰していく中、なぜ運送会社は20年以上も前の運賃で荷物を運ぶことができたのか?乱暴な言い方になるが、運送会社は身内であるトラックドライバーを食いものにして低運賃を維持してきたのだ。
●しわ寄せはすべてトラックドライバーに
意外に思われるかもしれないが、かつてトラックドライバーは「稼げる仕事」だった。
たとえば1980年代、ワタミグループ創業者である渡邉美樹氏は、佐川急便で働き、創業資金を1年で稼いだという。佐川急便ほどではないにしろ、昼夜を問わず働けばそれなりの収入が得られることは、職業としてのトラックドライバーにおける大きな魅力であった。
ところが、バブル崩壊以降、運賃は上がらない。
困った運送会社が荷主に値上げ交渉をしても、「他にも運送会社はあるぞ!?」と冷たく返されるのがオチだった。
しわ寄せは、トラックドライバーが受けた。給料は下がり、しかし長時間労働という悪習慣だけが残った。
やがて、トラックドライバーは、3K、つまり「きつい・汚い・危険」な職業のひとつとして認識されていく。中には4Kと称して、「稼げない」を追加し、自身をやゆする運送会社の社員もいた。「運送業界はブラックである」、そんな評判が広まり、運送業界全体がイメージダウンした。
これではトラックドライバーへの成り手が増えるわけもない。
こうして現在に至る、トラックドライバー不足への負のスパイラルが形成されたのだ。
改善策が裏目に……「帰り荷」の問題点とは
収益改善に苦しんだ運送会社は、いくつかの改善策を考えた。しかし、裏目となりむしろ構造的に業界を苦しめている悪習慣もある。その一例が、「帰り荷」の存在である。
荷物を目的地まで運んだトラックの荷台は、事務所までの帰路、カラとなる。空荷で走るのはもったいないから、帰路も荷物を積んで、生産性を高めようというのが帰り荷の発想だ。
帰り荷の発想自体は、何の問題もない。むしろ、経済合理性に富んだ素晴らしい発想である。問題は、「帰り荷を値引きの原資として利用してしまった」運送会社側にある。
たとえば、あるトラックにおける1日のコスト(燃料代や車両の減価償却費など)が、3万円だとしよう。そのトラックは、東京から宇都宮まで、4万円で荷物を運んでいた。すると、宇都宮から東京まで荷物を運んでほしい、という荷主が現れた。
運送会社は「帰り荷ですから、1万円で運びますよ」と安請け合いする。
これが駄目なのだ。往路の仕事(4万円)が、もしなくなったらどうなるのか?
また、「帰り荷だから安い」という理屈は、すべての荷主には通じない。「あっちの運送会社は、1万円で宇都宮から東京まで運んでいるぞ!」、そう言われたら、「それは帰り荷運賃だから……」という言い訳を心の中に飲み込んで、値下げせざるを得ない。
純粋に利益として帰り荷を考えていれば、こんな事態には陥らなかったはずだ。しかし、現在では多くの運送会社が、帰り荷も含めた往復の運賃で、コストをペイしようと発想してしまった。
製造業の多くが生産拠点を海外へ移し、東名阪への人口集中が加速する現在においては、地方発の荷物を探すのは簡単ではない。特に長距離輸送を行う運送会社において、帰り荷は運送ビジネスの構造的欠陥となってしまっている。
●なぜ今、値上げに踏み切ったのか
ではなぜ、運送業界は今になって運賃値上げに踏み切ったのか?
大きな要因は、トラックドライバー不足とコンプライアンスだ。
前述のとおり、運送業界では長時間労働が常態化していた。これを改善すべく、12時間労働のトラックドライバーが、8時間労働に改善されると、単純計算で売上は2/3に減ってしまう。世の中でコンプライアンスに対する意識が高まるにつれ、運送会社の負担も増していったのだ。
各社のトラックドライバー募集広告の負担は増え、中にはなんとかトラックドライバーを集めようと週休2日制を導入したり、基本給をアップするなど、職場としての魅力を高めることに注力する運送会社も現れてきた。
このような社会情勢の変化の中で、運送業界はどんどんジリ貧に陥っていった。そんな中、ヤマト運輸が日本中に宣言して運賃の値上げを図った。勢いを得た運送各社が、運賃値上げを行い始めたのが、今の流れである。
現在の配送運賃値上げは、過去20年30年、運送業界の苦境に目を向けてこなかった製造業、商社、小売業など荷主に、ツケが回ってきたものだ。
ただし一方で、商品を作っても配送運賃が高くて売り場まで運べないという荷主の悲鳴に、運送業界は責任を感じる必要もある。
●現在の運賃が“終着点”ではない
このように、現在の配送運賃値上げは、過去20年30年、運送業界の苦境に目を向けてこなかった製造業、商社、小売業など荷主に、ツケが回ってきたものだ。
問題は、現在の運賃値上げが終着点ではないことだ。
現在の値上げは、隣の運賃を診て「このくらいの値上げならば大丈夫か?」と提示されたものにすぎない。これまでのツケ、そして将来の必要コストを算出し、適切な利益設定をきちんと考え算出して運賃値上げを行った運送会社など、いくらもないであろう。
現在、配送運賃値上げに悩まされている荷主企業は多いことだろう。しかし、値上げはこれからも続くかもしれない。その覚悟も、心にとどめておくべきである。
本日のネット記事より