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オー・エス・ラインTOPICS

100日後に・・

2023.10.12

今巷ではやっている、100日後に○○になる私。
夏休み最終日の827日、宿題がまだ終わっていない(のにのんびりしている)娘にキレ散らかした後、本人の問題を私が熱くなったところで仕方がないと諦め、さらには他人の問題で心が乱れる人生なんてもったいない!と逆切れモードに突入。

827日を起点に「100日後に今モヤモヤしていることすべてが解決し、幸せな私になる」チャレンジを始めました。125日が100日目。

年末までには今よりは幸せになり、心穏やかに生きている予定です。

そんな100日後に向けて、手放したもの、考え方、気づいたこと、嬉しかったこと等々自分の心が動いたことを手帳に記しはじめ本日で早47日目。

なんと、長らく売り出し中だった家が売れました。

2年前、ふと駅近マンションに住みたいなと魔が差して内覧に行ったその日に運命の出会いをして大人買い、からの電撃転居。

駅前ライフはぐうたらな私には最適スポットで、転居自体後悔する余地はないのですが、前の住居も色々工夫を重ね暮らしてきた愛着のある家。

贅沢は言えないけれど、同じ買っていただけるなら安心して後を任せられる方に出会えますように。との念が通じすぎ、こだわった間取りや採光など、そこが買主さんの購入の決め手になったことがわかり、家愛話に花が咲き大幅に時間オーバーの契約タイムとなりました。

後味よろしく一つ大きなモヤモヤ案件が落ち着きました。

もうすぐ折り返し地点、後半戦に入ります。

娘にもまだガツンと叱ってはいません(震えがくるほどの努力で凌いでいます)。

必ずや、幸せになります。

大断捨離祭り

2023.09.08

先週の日曜日、無駄に早起きしてしまい、しかも無駄に朝から元気もあり・・年内の目標としていた「家の全ての収納スペースの中身を全部出して適材適所に整理する」プロジェクトを決行しました。


私は病的レベルの片づけ魔。持ち物は少ないし整理収納はむしろ特技の域という自負があります。

収納スペースも何なら毎週末こまめに片付けているくらい。


それでも家じゅうのものを一気に一カ所に集めて、使用頻度の少ないものは高いところへ、これリビングに置かなくても良いよね?この本また読み返す?などと改めて置き場を考えて整えていくと、もう何も捨てるようなものがないと思っていた我が家ですが、細々した文具も含め73個。

ゴミ置き場に2往復レベルの予想以上の断捨離祭りになりました。


仕事も同じくすべてはその時必要と思って作った仕組みや資料ではありますが、いつの間にか形骸化し、何のためにやっている業務なのかよくわからないけれど、自分の判断で急にやめるわけにもいかないし、後で困るかもしれないし。というものがあるかと思います。

別々の担当で気づかなかったけれど実はほぼ同じ内容の業務等々。


気が遠くなりそうですが、会社の仕事も全体を俯瞰して見て取捨選択、総入れ替えレベルで一から再構築、それくらいの意気込みで整理することの有用性を実感しました。

(いつかやります。多分。)


そして、もう一つの気づきは、自分が得意と思っていることほど要注意ということ。

普段からちょこちょこ引き出しを片付けて慢心していましたが、家全体レベルで考えると整理整頓の箸にも棒にも掛からぬ現実(笑)

足りないのは知識ではなく意識だった件

2023.07.07

期末テストが返却され始めた先週のある日。

帰宅するなり神妙な面持ちで娘が発した一言。

「お母さん。私に足りなかったのは知識ではなく意識やったわ。」

自分は問いの文章を読み間違える傾向があるから落ち着いて問われている内容を確認しなければならない、数学は単位まで書かなければならない、社会は漢字を間違えてはいけない・・

そういう細やかなところを意識していたはずなのに、そこで落とした点数が悔しい。

と。



自分の非(わかっちゃいるけどやめられない。という部分)を素直に認める気持ちがあること。

今の自分の位置、苦手なことを自覚し、乗り越えていくために工夫すること。
勉強よりも身につけて欲しかったのはその心意気。

その意識があるならもう大丈夫。

母は黙ってあなたの今後を静観します(多分)。


と言うたものの・・

1週間も経つと、開放感全開で体たらくなライフスタイル復活、部屋は荒れ放題・・
崇高な「意識」はどこに行ったん?
と、朝からキレ散らかしてきた母でございます(静観するという意識をどこかに置いてきた自分は棚に上げ)。

思えば遠くへ来たもんだ

2023.06.20

その時必要であったものが、今そうではなくなっていること。それは自分がいくらかでも前に進み、卒業したという証。


一人歩きできるようになると、あんなに頼りにしていた歩行器がなくても不安ではなくなるように「お世話になりました。おかげで今の私がいます。」と潔くその場を後にする。

そうしてできた余白にまた新しいものが訪れるのだと思います。

先日東京へ出張し、いつも気持ちよく対応くださる電話口の向こうの皆様に直接お会いすることができました。


その夜、大阪空港から阿部野橋方面へ帰る高速道路から中央公会堂が見えたとき、昨年の今頃はこの付近を歩いていた自分、30年近く通いなれたこの景色。
一方転職しなければ出会うことのなかったその日お会いした方々の笑顔を思い出しながら、もう後戻りできないほどに自分の世界は進んでいるんだな。と、しみじみこみ上げるものがあり「思えば遠くに来たもんだ」と、思わず涙が出そうになりました。

人生の優先順位を考えたときにあの時は退職するしか選択肢はなかったけれど、勇気を出して外の世界に飛び出してみればこうして居場所と役割がある。

1つの世界を無事に卒業できたということなのだと1年越しで答え合わせができたような、清々しい気持ちで本日も目の前の業務に邁進しております。

効率とクオリティの共存について

2023.05.30

小学1年生の頃、放課後は学校近くの祖母の家に帰り、母親が迎えに来るまでの数時間を祖母と過ごしていました。

当時、祖母は箱作りの内職をしていました。
いわゆる四辺を谷折りにして蓋をはめるというシンプルなもので、ちびっこの私にもできそうなお手伝い。


最初は祖母の手元を見習いながら1つずつ組み立てていましたが、「あれ?2つ重ねたら1回の作業で2箱作れる!」と気づくわけです。

ということは・・
5
つ重ねたら一気に5つ。と天才的発見(!)をしてしまった自分にワクワクが止まらず、急ピッチで箱を積み上げて行きました。


優しい祖母は「早いね!助かるわ。ありがとう!」と、笑顔でちびっこの自尊心を満たす模範解答をした後、私がいないところでやり直していたと思われます。

厚紙なので2枚までは箱のクオリティを損なわず作成できる許容範囲。

3枚以上になると重ねたときに折り目の角度が甘くなり蓋が開けにくくなるわけです。


この業務はこうすれば効率が上がるよね。と数パターン考えたとき、クオリティが担保できるか、願わくはクオリティまでも向上する方法であるか否か。

効率とクオリティは必ずセットで考えるようになりました。


これは!とひらめいたときほど要注意。

はやる気持ちを押さえながら、いつも祖母の箱のことを思い出します。

ありがとうと言ってくれたけれど、本当にこの工夫はエンドユーザーまでを幸せにしているのか。

そんなことを自問しながら本日も「あんなこと良いな、できたら良いな」と妄想しております。